第10回明野薪能曲目解説

狂言『口眞似(くちまね)』 

 酒の相手を連れてこいと命じられた太郎冠者は、知り合いの男を連れて帰る。
しかし、酒癖が悪いので有名な者を何故連れて来たのか、と主人に叱られてしまう。
仕方が無いので座敷には通すが、これからは自分の言うように、するようにしろと命じられた太郎冠者は…。

 

能『杜 若(かきつばた)』 五流

  作者  世阿弥(一説)
  季   夏(四月)
  所   三河・八橋

  (三番目物・一場)

  シテ…(里の女・杜若の精)  梅若万三郎
  ワキ…(僧)  安田  登

 東国行脚の都方の僧が三河国の八橋の沢辺に憩い、咲き匂う杜若に見とれていると、里の女(シテ)が現われ、八橋の杜若にまつわる故事を語り、杜若こそ在原業平の形見の花だとのべて、僧を自分の庵室へ案内する。〈物着〉で、女は唐織を、初冠・長絹・飾太刀に装いを改め、自分は杜若の精だと告げ、業平は極楽の歌舞の菩薩の化身であり、その詠歌は法身説法の妙文で、非情の草木も救われると説く。続いて、業平の多くの恋愛事も、結局は、彼女たちを済度するための方便としての結縁だったと明かされる。杜若の精の成仏劇がそのまま女人済度の劇として結ばれるキリの二重構造(二重三重の複合したイメージ)の余韻も味わいどころ(一時間二○分)。

 典拠 『伊勢物語』九段など

 

狂言『仁 王(におう)』

  シテ…野村万之丞
  アド(何 某)…野村与十郎
  立衆(参詣人)…山下浩一郎、橋本勝利、久保克人、井関義久
  アド( 男 )…野村晶人

 負け続きの博奕打(ばくちうち)は国もとにいられなくなり、目をかけてくれる知人を訪ねます。知人は、博奕打を仁王に扮装させ、信心深い人たちから供え物をだまし取ろうと提案します。博奕打が仁王の相と構えをして待っていると、大勢の参詣人がおとずれ、それぞれに願をかけます。たくさんの供え物を手に入れた博奕打ですが、はたして最後までだましきることができるでしょうか。

 

半能『石 橋(しゃっきょう)』 五流

  作者  不詳
  季   夏(四月)
  所   中国・清涼山

  (切能物・二場)

  梅若 紀長
  梅若 泰志
    青木 一郎
  ワキ…(寂昭)  安田  登

 大江定基は出家して寂昭(ワキ)と称し、唐・天竺に渡って、仏寺や霊地を回り、中国山西省の清涼山に来て、有名な石橋を渡ろうとした。すると、童子(前シテ)が現われ、この橋が石橋で、その向うは文殊菩薩の住む浄土であることを教える。この橋は石自体が自然と対岸へ続き、幅一尺もなく苔が生えて滑らかで、長さは三丈ばかり、谷の深さは千丈以上に及び、下を見ると足がすくみ気を失うので並の修行者では渡れぬ危険な橋だといい、やがて菩薩が出現するであろうと告げて姿を消す。〈中入〉。やがて獅子(後シテ)が咲き匂う牡丹の花のあいだを勇壮に戯れて舞い遊び、御代の千秋万歳を寿いで舞い納め、獅子の座に納まる。多く半能として後半だけを舞う(一時間一〇分、半能は二五分)。

 典拠   古くからある獅子の舞に『十訓抄』の寂昭入唐のことをおりまぜて脚色した。
 作り物  一畳台を二つか三つ並べ、それに紅白の牡丹の木立を立てる。